「間違えるくらいなら書かない」子どもたち。答案の空欄に隠れている心理とは?

更新日:2 時間前
お世話になっております。
ここ数年、教室で少し気になる変化があります。
それは生徒が問題を解いているとき、
「たぶんこれだと思う。でも間違っていたら嫌だから書かない」
という生徒が増えていることです。10年くらい前は結構少なかった気がします。
もちろん、本当に分からなくて空欄になっている場合もあります。
ところが、よく話を聞いてみると、
「答えはこれかなと思った」
「途中までは分かった」
「二つまで絞れた」
という生徒も少なくありません。
それでも答案には何も書かない。
特に私たちの教室では、最近この傾向が男子生徒に目立つように感じています。
これは単純に、
「分からなかったから書かなかった」
だけではないように思います。
「間違えること」が嫌なのではなく、「間違えた自分」が嫌。
ここには、子どもの自己評価が関係している場合があります。
問題を間違えたとき、
「この問題を間違えた」
と考えられれば、それほど大きな問題にはなりません。
ところが、
「間違えた=自分は頭が悪い」「できなかった=自分には能力がない」
と受け取ってしまう子どもがいます。
すると一問の間違いが、単なる学習上の失敗ではなく、
自分自身を否定されたような出来事
になってしまいます。
日本の中学生を対象にした研究でも、学業での成功や失敗と自分自身の価値を強く結び付けている生徒では、学業上の失敗が自己価値を揺るがす脅威になり、無能感を通じて学習意欲の低下につながることが示されています。
だから、
「答えを書いて×になるくらいなら、最初から書かない」
という行動が出てきます。
空欄にしておけば「できなかった」と確定しない
この心理は、少し不思議に見えるかもしれません。
テストでは当然、空欄も不正解です。
点数だけを考えれば、
何か書いた方がいい
はずです。
それでも書きません。
なぜでしょうか。
例えば、
「3と書いて×だった」
場合には、
「自分は答えを3だと思った。そして間違えた」
という事実が残ります。
一方で空欄なら、
「時間がなかった」
「書かなかっただけ」
「本当は分かっていたかもしれない」
という逃げ道を残すことができます。
もちろん、本人がそこまで意識して考えているわけではありません。
しかし心理的には、
挑戦して失敗するより、挑戦しなかったことにして自分を守る
という行動になることがあります。
教育心理学では、「失敗したくない」「能力が低いと思われたくない」という気持ちから、失敗を避ける方向へ行動することを遂行回避的な目標として捉える研究があります。
日本の小中学生を対象にした研究でも、失敗への恐れは遂行回避的な目標につながり、その傾向は学習への興味や学業成績とマイナスに関連することが報告されています。
「100%自信がないと書けない」子もいます
もう一つ感じるのが、
答えに100%の確信がないと書けない
という生徒です。
「たぶんBだと思う」
では書けない。
「絶対Bだ」
と思えないと答案に書かない。
しかし、本来テストというのは、
完全に分かっている問題だけに答えるものではありません。
分からないなりに考える。
二つまで絞る。
公式を思い出して試してみる。
文章からヒントを探す。
そうやって、
自分が持っている知識を使って答えを出す
ものです。
入試になれば、なおさらです。
全部の問題に100%自信を持って答えられる受験生など、ほとんどいません。
「失敗は役に立つもの」と思えるかどうか
2025年に発表された日本の中高生を対象とする研究では、テストでの失敗について、
「失敗は次に生かせるものだ」
と考えている生徒ほど、望ましい学習習慣を形成している可能性が示されています。
これは非常に重要だと思います。
同じ×でも、
「間違えた。自分はダメだ」
と考えるのか、
「ここを間違えた。じゃあここを直せばいい」
と考えるのか。
この違いは大きいです。
勉強というのは本来、
問題を解く↓間違える↓原因を確認する↓直す↓できるようになる
という繰り返しです。
つまり、
間違えることそのものが学習の一部
なのです。
ところが「間違えることは恥ずかしい」「間違えることは悪いこと」という感覚が強くなると、このサイクル自体を避けるようになります。
なぜ男子生徒に目立つのか
ここは慎重に考える必要があります。
私たちの教室では、最近特に男子生徒に、
「分からないから書かない」
ではなく、
「間違っていたら嫌だから書かない」
という姿が目立ちます。
ただし、現時点で、
「男子は女子より答案を空欄にしやすい」
と全国的に断定できる研究結果があるわけではありません。
ですから、これはあくまで教室現場で感じている傾向です。
一方で、関連しそうな日本の研究はあります。
中学生1,340人を対象に「人に相談すること」について調べた研究では、男子は女子よりも、
相談することで自分への評価が下がることへの懸念
や、
自分一人で解決することへの価値
を高く感じる傾向が確認されています。
もちろん、
「相談しないこと」と「答案を書かないこと」
は同じではありません。
ただ、
「できない自分を見せたくない」「分からないと言いたくない」「自分でできる人間でいたい」
という心理が強ければ、
先生に質問しない。ヒントを求めない。自信のない答えを書かない。
という行動につながる可能性は考えられます。
特に男子の場合、
「分からない」
「不安」
「自信がない」
という気持ちを言葉にせず、
「別にいい」「分からん」「書きたくない」
という態度として表しているケースもあるのかもしれません。
ですから、
「男子は適当だから書かない」
と簡単に片付けない方がいいと思っています。
大人の反応が「間違えられない子」を作ることもある
そして、ここは前回取り上げた「教育ハラスメント」ともつながります。
例えば、子どもが間違えたときに、
「なんでこんな問題間違えるの?」
「前にもやったでしょ?」
「こんなのも分からないの?」
「何回同じミスをするの?」
と言われ続けたとします。
大人としては、
「できるようになってほしい」
と思って言っているのかもしれません。
しかし子ども側には、
「間違えると怒られる」
という経験として残ることがあります。
すると次第に、
間違える=怒られる
間違える=恥ずかしい
間違える=能力がないと思われる
という感覚ができていきます。
そうなると、最も安全な方法は、
答えを書かないこと
になります。
×をもらわなければ、自分の考えが間違っていたことを突きつけられないからです。
「何で書かなかったの?」だけでは解決しない
答案が空欄だらけだと、
「何で何も書かないの?」
と言いたくなります。
しかし、このタイプの子に、
「とにかく何か書きなさい」
と言うだけでは、なかなか変わりません。
その前に、
なぜ書けないのか
を見る必要があります。
本当に全く分からないのか。
途中までは分かっているのか。
二択まで絞れているのか。
答えは思いついたけれど自信がないのか。
間違えること自体を怖がっているのか。
ここを見ます。
例えば、
「何で空欄なの?」
ではなく、
「どこまでは分かった?」
と聞いてみる。
「答えは何だと思った?」
と聞いてみる。
「自信30%でもいいから書いてみよう」
と言ってみる。
こういう声かけの方が、子どもの考えていることが見えてきます。
練習では、もっと間違えていい
私たちが特に伝えたいのは、
練習問題で間違えることを怖がる必要はない
ということです。
むしろ塾や家庭学習なら、
間違えるなら今の方がいい。
入試本番で初めて間違えるより、今間違えて、
「ここが分かっていなかったんだ」
と気付いた方がいいのです。
ですから、
「正解したから偉い」
だけではなく、
「ちゃんと自分の考えを書いたね」
「ここまで考えられているね」
「間違えたけど、この考え方は合っているよ」
と、
答えを出そうとした行動そのもの
も評価していく必要があります。
答案の「空欄」は、子どもからのサインかもしれません
答案に何も書かれていないと、
「勉強していない」
「やる気がない」
と思ってしまいがちです。
もちろん、そういう場合もあります。
しかし最近の子どもたちを見ていると、
空欄の中に「失敗したくない」という気持ちが隠れている
ケースもあるように感じます。
特に、
普段はそこそこできるのに書かない。
口では答えられるのに答案には書かない。
答え合わせの後に「それだと思ってた」と言う。
こうした様子が何度もある場合は、
知識不足だけではなく、「間違えることへの恐怖」
も見てみた方がいいかもしれません。
子どもに身につけてほしいのは、
絶対に間違えない力
ではありません。
分からなくても考える。
間違えても直す。
失敗しても次へ進む。
こちらの力です。
勉強でも受験でも、そして大人になってからも、
間違えない人より、間違えたあとに修正できる人の方が強い。
だからこそ家庭でも学校でも塾でも、
「間違えても大丈夫。まず自分の答えを書いてみよう」
と言える環境を作っていくことが、これからますます大切になってくるのではないでしょうか。




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